春陽山永隆寺について

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春陽山永隆寺

開基・利玄院日義上人は、徳川家康公の囲碁の師匠であったといいます。
その縁で家康公より寺領を神田加治橋に拝領し、当山を創立したと伝えられています。
寛永年間(1624~43)、谷中清水町に移転、さらに元禄四年(1691)、
本所出村(のちの太平町)に再移転しました。
関東大震災後の昭和三年(1928)に現在地へ移転するまでの二百三十七年間、
本所太平町に在りました。
寺名の上につけられる春陽山の称号は、読んで字のごとし“春の陽の山”です。
「永」の字義は“限りなく続く”、「隆」は、尊ぶ・栄える・豊か等の意味があります。
“永遠に法華経の教えが栄尊ばれ、この寺院に集う信徒が心豊かに栄える”
という願いが込められております。

法華宗本門流とは

門祖日隆聖人は法華経の本門の中でも、特に「従地涌出品第十五」から「嘱累品第二十二」までを
最も大切な教えとされ、『本地本門』と称されました。
お釈迦様が上行菩薩に托され、上行菩薩が今生にて日蓮大聖人となられ弘められたのが、
法華宗の真髄『本地本門』に由来するところのお題目、
『本門八品上行所伝本因下種の南無妙法蓮華経』であるとお教えくださっております。
日隆聖人御在世の乱れ時代に、私達民衆の安穏を願われ、法華再興を誓願され、
日蓮大聖人の教えを忠実に、そして正義をお伝えくださっているのが、法華宗本門流でございます。
そして永隆寺は、日隆聖人創建大本山本能寺に連なる寺ですので本能寺派とな

神保大黒天

 この石造の大黒天は、利玄院日義上人が家康公の側室、
 法華経信仰篤き養珠院殿お万の方より戴いたものであり、平素信仰なされていたものです。
 大黒天様にご祈願する行事として毎年1月の第2日曜日に祈願会を開催しております。
 (健康祈願・心願成就・合格祈願、等)
 ご祈願お守り・お札のご用意もございます↓
 https://eiryuji-hokke.com/大黒天祈願お守りお札/

鶏塚

江戸時代に疱瘡(天然痘の俗称)が流行していました。
その病気には鶏の卵が効くと中国の人に教えられ、約20年の間、
その数1千個以上を使用したと言われております。
その鶏卵の供養のために松平源忠擧の母が建設したのが、この鶏塚碑です。